ついに10の大台に乗りまして祝い! めでたしめでたし、ここまでたどり着いた方々ありがとうございます。
 せつないはいつまで続くのか?心を探査してきてもその核心にはなかなかせまれないのであります。でもこのままやりつづけると、そのうち『せつないの構造』著 宮野弘紀 なんてものをしたためてみたりして?九鬼周造の「いきの構造」に継ぐ名著である、なんて学会でお墨付きをいただき音楽においてのせつない成分と文学におけるせつないの比較論などと宣りだしてNHK教育TVのせつない講座の講師として公私ともに忙しくなるのかもしれない?などとだらだらと文章かせぎをするのであった。
 ―せつないの定義―《ないものねだり》 自分のものにはならない欲望の渇き、実現したくても大きなカベにはばまれる、断念 、帰れない過ぎ去りし遠いおもひで、(この場合は『い』ではなく『ひ』になる) 別れ、男と女のせつないの正しい距離、天才のせつなさと創造、 時間が過ぎるほど心の高速に2乗E=mc2、 総てを達成した後の虚無感、己のバカに気づく時、・・・と まあこんなときにせつないは忍び寄ってくるようでこれを『せつない霊』と位置づけたのは卓見であった。(どこが)ではそんな情況でなくても音楽を聞いても映画を見ても小説を読んでもやってくる『せつない』とはいかなる構造になっているものかと次回からさらに細かく考察していこう。(えっまだやるの?もうやめようと心の左近様がおっしゃっているのでありますが右近様がこのままでは本を出版することはできんぞとがんこに言いはっているのであった。)