我が心の大師匠

先月
 ジョン.マクラフリン率いるリメンバーシャクティのたった一日だけの日本公演が行われた。噂を聞けば歴史的な凄いLIVEであったらしい . . . .クッソー!私はうっかりと仕事を入れてしまって今でも悔しい想いでいるのである。

 思いおこせば心の大師匠の演奏を初めて聴いたのが高校生であった。当時1967年頃の話で申し訳ないが、当時はヨーロッパジャズのブームでもあった。

ラジオのジャズ番組でのこと「次はイギリスのピアニスト、ゴードンベックのアルバムからビートルズのミッシェルを聴きましょう。」流れたサウンドに釘ずけになり録音したカセットテープで何度も聴いた。

 斬新なアレンジとスピードとスリル感に満ちたギターにノックアウトされた。次の日レコード店に走り見つけたのが ゴードンベック with ジョニーマックローリン登場という邦題のアルバムである。 (マイナーメージャーレーベル)


 それからは 心の片隅にマックローリンさんがドッカ!と居座ったまま、次のアルバムを待っていたのは言うまでもない。高校の夏休み、私は東京の親戚に預けられた。
  
 かねてあこがれの東京ジャズ喫茶巡りである。毎日スイングジャーナル片手に歩き続けての渋谷のジニアスでのこと、輸入盤で入ったばかりのマックローリンのデビューアルバムを見つけた。「Extrapolation」ジョニーからジョン.マックローリンになり事実上のデビューアルバムである。

 わくわくしっぱなしで夢中になって聴いたのは昨日のようだ。 
 あ〜やっぱり 心の底からこれだ! . . . .という確かな思いである、それまで聴いたアメリカのジャズギタリストは吹っ飛んでしまった。

それからの師匠の活躍は凄かったアメリカに渡りマイルスのグループに参加など一躍時の人になりトニーウイリアムスとのライフタイムなど名盤ラッシュであった。

 そしていつしかインドのグル、スリーチンモイの下マハビシュヌという洗礼名をつけるようになった。根はスピリチュアルな人なのである。
 
 私にとって3度めの正直ともいうべき決定的な楔を打たれたアルバム 「My Goals
Beyond」はアコースチックギターによる一人録音のアルバムである。モノクロームな薄暗いジャズ喫茶の中でマハビシュヌ.ジョン.マクローリンの心に私は一人シビレテいた
涙が出る思いとは . . . . .初めてのことであったのだ。

オベーションギターとの出会いもこのアルバムからである。現在の私の原点だ、いつしか日本での発音もマクラフリンに落ち着いているがやはりマクローリンの響きが好きだ。 私の青春でありますよ!
 
 それからウン十年ギター史を創り牽引する最先端を走り続けてる希有な天才であろう。スランプでギターが見えなくなるとやはりこの頃のアルバムを聞き返す あ〜これだこれだとまたリセットしてくれる有り難きお宝のようなもの感謝合掌なのである。
 
 若いギタリストたちが遊びにくると、私の必ずの質問は絶対的な憧れは誰であるかということなのだが、皆 漠然としてこれだ!といえる人が心にはいなかったりする。

 それがいいか悪いか私には判断できないが、ギターを弾く行為の道標の美を見つけださなくては長続きはしないものであると思っている。真似をするということではないのだ 。  
 この道の天才たちは何?を持って創造していけたのか . . .音楽の美しいエクスタシーを追いかける喜びを自分なりにつかむことが必要である、崇高な美は皆 霊的である、だからこそ普遍に残ることができるのだと思う。

さて先日のことフト、最初のジョニーマックローリン登場!ゴードンベックのアルバム
を聴きたくなった、幾度の引っ越しでレコードも紛失、思いたったが吉日! 

探してみるものである見つけてしまったのだ!ヤッター (嬉)やはり当時のジャケットはジョニーさんなのである。今聴くと下手な師匠の初々しいサウンドであるよ(笑)
 
だが、テクニックを超えて音と音の間にこそ精神が宿るのである。この人の波動は強い!
だから惹かれたのか人を好きになるということはその人の心の宇宙が心地いいのであり、精神から溢れ出るパッションや色彩波動が好きなのだということを再認識した顛末でありました。 . . . . .
 

しかし私は幸せ者である。   ではでは. . . .⌒⊥⌒ゞ